Spring 45                     琵琶湖疎水通船                (H30) '18.4.12

琵琶湖疏水は東京遷都により急速に衰退した明治維新後の京都復活の切り札として明治18年(1885)着工5年の歳月をかけて完成。
水運に加え上水道、灌漑そして日本は津の事業用水力発電などに活用され京都近代化に大きく貢献しました。
今も疎水の水は命の水を京都に運び続けていますが、疎水船は昭和26年姿を消し今年67年ぶり復活しました。


大津から蹴上まで約8K
55分かけて下ります

船は乗務員含めて14名定員です

第1トンネル東口
 トンネルは3つあり第1トンネルが一番長く約2.5K
各トンネル出入り口には初代総理大臣他の揮毫による扁額が見られます



船長と第1トンネル西口



本圀寺の正嫡橋
すでに葉桜になっていましたが、1週間前位は
疏水は桜のトンネルになっていた事でしょう

当時から残る藤尾橋のレンガと石造りの橋台



第2トンネル東口


第2トンネル西口



第3トンネル東口

第3トンネル西口

旧御所水道ポンプ室
防火用水を御所へ送る目的で造られた



ウエスティン都ホテル

蹴上インクライン 528mの傾斜鉄道跡



ねじりまんぼ
インクライン下のトンネル

トンネル内部 レンガをねじって積んである
まんぼとは方言でトンネル

扁額には「雄観奇想」
素晴らしい眺めとすぐれた考えという意味